東京高等裁判所 昭和39年(ネ)2351号 判決 1967年11月15日
控訴人 寺田産業合名会社
右代表者代表社員 寺田徳太郎
右訴訟代理人弁護士 大崎孝止
被控訴人 林チヨ
被控訴人 柏佐太一
右被控訴人両名訴訟代理人弁護士 岩本宝
主文
一、被控訴人林チヨに対する本件控訴を棄却する。
二、被控訴人柏佐太一と控訴人との間の原判決を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人柏佐太一に対し、金九〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年一〇月一二から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
被控訴人柏佐太一のその余の請求を棄却する。
三、被控訴人林チヨに対する控訴費用および被控訴人柏佐太一と控訴人との間に生じた訴訟費用(第一、二審とも)は全部控訴人の負担とする。
四、この判決は、第二項中金員の支払を命ずる部分に限り、仮りに執行することができる。
事実
控訴人訴訟代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人両名訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求め、当審において、請求の趣旨を減縮し、被控訴人林は金三一二、四七七円およびこれに対する昭和三五年一〇月二七日より、被控訴人柏は金九〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三六年三月一日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求めた。なお、仮執行の宣言を求める旨申し立てた。
当事者双方の法律上および事実上の主張ならびに証拠の関係は、次のとおり付加し、または訂正するほかは、原判決の事実の部記載のとおりであるから、これを引用する。
第一、被控訴人両名訴訟代理人の陳述
一、被控訴人林チヨ関係
自動車損害賠償保険法(以下「自賠法」という。)第三条は、危険責任の観念にもとづき、自動車事故による損害賠償責任を定めたものであり、この法意に徴すると、同条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」とは、自動車に対する実質的管理権を有する者をいうのであり、いやしくも自動車の運行が管理権者の管理意思の及ぶ範囲内においてされたものである以上、管理権者は、右運行によって生じた損害について賠償責任を免かれないと解すべきである。本件において、控訴会社は、本件加害車の所有権者として、本件加害車に対する管理権を有していたことは明らかである。そして、本件事故当時本件加害車を運転していた訴外鈴木栄三は、たとい控訴会社代表社員寺田徳太郎が丸角シャーリングの名称でしている個人営業のために、寺田から雇われ、かつ、給料の支払を受けていたとしても、従前、しばしば、控訴会社の仕事に従事したことがあるのみならず、控訴会社代表社員としての寺田の命により、本件加害車を収納場所から出し入れするなど操車業務を担当したことがあって、控訴会社の被用者もしくはこれと同視すべき立場にあった者である。したがって、そのような立場にあった鈴木がした本件加害車の運行は、控訴会社の管理意思の及ぶ範囲内に属するとみるべきである。仮りに、鈴木が寺田個人に雇われていたため、鈴木を控訴会社の被用者もしくはこれと同視すべき立場にあった者とみることができないとしても、控訴会社は寺田に対し、本件加害車の使用を許容していたのであるから、寺田の被用者が本件加害車を運転するものである限り、右運転は、控訴会社の管理意思に由来し、控訴会社の間接的な管理のもとにあったとしなければならない。したがって、控訴会社は、自己のために本件加害車を運行の用に供する者として、右自動車の運行により被控訴人林チヨの身体を害したことによる損害賠償責任を負うべきである。鈴木は、飲酒したうえ、控訴会社代表社員寺田徳太郎(ここでは、控訴会社から本件加害車の使用を許容された寺田個人をも意味する。)が丸角シャーリングの事務所の机の抽出に入れて保管していた本件加害車の鍵を、無断で、取り出し、丸角シャーリングの工場敷地に収納されていた本件加害車を引き出して運転中に本件事故を惹起したのである。もし、前記鍵の保管を適切に行っていたら、右事故を防止することができたのに、右鍵は、控訴会社あるいは丸角シャーリングの被用者がいつでも自由に取り出して使用することができる状態のまま、放置されていたのである。このように本件加害車の管理につき瑕疵があった以上、控訴会社は自賠法第三条の損害賠償責任を免かれない。
二、被控訴人柏佐太一関係
(一) 仮りに被控訴人柏佐太一が原審において主張した民法第七一五条にもとづく請求が理由ないとしたら、同被控訴人は控訴会社に対し、事務管理または不当利得を原因として九万円の請求をする。
すなわち、訴外日下部電機株式会社(以下「日下部電機」という。)は、本件事故によってその所有にかかる被害車に損傷を受け、その修理費相当額九四、五八五円の損害を蒙ったが、右事故は控訴会社の被用者鈴木が事業の執行につき惹起したものであるから、控訴会社は日下部電機に対し、民法第七一五条にもとづき右損害を賠償する責に任じなければならない。ところで、本件被害車は訴外柏電気株式会社(以下「柏電気」という。)が日下部電機から借り受け、柏電気の代表取締役柏慶太朗の兄である被控訴人柏がこれを運転中に本件事故に遭った関係から、柏電気は、修理業者に本件被害車の損傷の修理を依頼し、昭和三五年六月下旬頃から同年八月頃までの間に、前記修理費を支払い、本件被害車を原状に復して、日下部電機に返還したのである。ところで、
1、柏電機としては、みずから修理費を負担して本件被害車を修理すべき義務のないことはいうまでもないから、柏電気は義務なくして控訴会社のために事務管理をしたことに帰する。したがって柏電気は控訴会社に対し、事務管理費用として、前記修理費相当額を請求する権利を取得した。
2、仮りに、右の主張が理由ないとしても、柏電気が前記修理費を支払って本件被害車を修理したことにより、控訴会社は法律上の原因なくして、日下部電機に対する損害賠償債務を免かれ、修理費相当額の利得を得、これにより、柏電気に同額の損失を蒙らせた。したがって、柏電気は控訴会社に対し、前記修理費相当額の不当利得返還請求権を取得した。
被控訴人柏は、その後昭和三五年秋頃から昭和三六年二月頃までの間に、控訴会社が柏電気に対して負担する前記修理費相当額支払義務を第三者として柏電気に弁済した。
かくて、被控訴人柏は、右弁済により、義務なくして、控訴会社の義務を免かれさせ、これにより、控訴会社に対し、事務管理費用償還請求権または不当利得返還請求権を取得したのであるから、控訴会社に対し、九〇、〇〇〇円およびこれに対する被控訴人柏の前記弁済の後である昭和三六年三月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する。
(二)、控訴人の後記第二、二(二)の消滅時効完成の主張は争う。
第二、控訴人訴訟代理人の陳述
一、被控訴人林の前記第一、一、の主張事実中鈴木栄三が本件事故当時、飲酒したうえ、控訴会社に無断で控訴会社が丸角シャーリングの工場敷地に収納しておいた本件加害車を引き出して運転中に本件事故を惹起したことは認めるが、その余の事実は争う。仮りに丸角シャーリングの名称で行われている営業が、控訴会社の営業の一部であり、丸角シャーリングで働いていた鈴木が控訴会社の被用者の立場にあったとしても、同人が惹起した本件事故について、控訴会社は損害賠償責任を負わない。すなわち、(イ)本件事故は、控訴会社が当日午前中で鉄材切断の作業を打ち切り、右作業を担当する鈴木が勤務を終え、職場を離れた後に、発生した。(ロ)控訴会社は、運転免許を有する運転手を雇っており、免許をもたない鈴木に対し、本件加害車の運転を許容ないし依頼したことはない。(ハ)鈴木は、勤務終了後、前記のとおり控訴会社に無断で本件加害車を引き出し、まったく個人的な用件のために、本件加害車を運転した。以上(イ)ないし(ハ)の事実関係によると、鈴木は、控訴会社の事業もしくはこれに関連する事務を処理するために本件加害車を運転したものでないことが明らかであり、むしろ、同人の行為は使用窃盗に該当するから、控訴会社は、「自己のために自動車を運行の用に供する者」として、本件加害者の運行によって被控訴人林チヨの身体を害したことによる損害賠償責任を負うべきものではない。
二、被控訴人柏の前記第一、二(一)の主張事実中本件被害車が日下部電機の所有であることは認めるが、柏電気が日下部電機から本件被害車を借り受けたこと、柏電気が、修理業者に本件被害車の修理を依頼し、被控訴人柏主張の時期にその主張のとおり修理費を支払い、本件被害車を原状に復して日下部電機に返還したこと、被控訴人柏が、その主張の時期に、その主張の金員を柏電気に支払ったことは知らない。仮りに、柏電気が日下部電機から本件被害車を借り受け、また、被控訴人柏主張のとおり本件被害車を修理したとしても、柏電気は日下部電機に対し、本件被害車を修理して原状に回復すべき契約上の義務があったのであるから、柏電気が控訴会社に対し、事務管理または不当利得にもとづいて修理費相当額の金員の支払請求権を取得したとするのは失当である。
(二) 仮りに柏電気が控訴会社に対し、被控訴人柏主張の事務管理費用償還請求権あるいは不当利得返還請求権を有していたとしても、柏電気は、右権利発生の日から三年間、これを行使しなかったので、右権利は三年間の期間の満了に伴い、時効により消滅した。
第三、証拠関係 ≪省略≫
理由
一、控訴会社が自動車部品の鍛造および製造を業とし、その所有の本件加害車を製品、材料の運搬の用に供していたこと、鈴木栄三が、昭和三五年四月二〇日午後七時一五分頃、本件加害車を運転して第一京浜国道を東方から西方へ向って進行し、東京都大田区入新井四丁目六五地地先道路にさしかかったこと、この附近は東西に走る第一京浜国道と南北に通ずる道路とが交わっていて交通整理の行われていない個所であるが、鈴木はこの交差点を通過しようとした際、たまたま北方から南方に向って進行中で、すでに右交差点にはいっていた被控訴人柏佐太一運転の本件被害車の左側ボディー後部に、本件加害車の前面部を激突させ、その衝撃により、本件被害車を、その進行方向左側へ約二二〇度回転させたうえ、西北約一〇メートル先の歩道上に擱座させ、同時に、本件被害車の助手席に乗っていた被控訴人林チヨを道路上に転落させ、同被控訴人をして、蜘蛛膜下出血、前頭部裂創、左腿下部裂創、上口唇裂創、後頭部裂創、頸椎骨折の重傷(受傷直後に、意識溷濁を呈した。)を負わせ、かつ、本件被害車に対しては、デフアッセンブリ、ホイル等一〇ヵ所の損壊、塗装・鍍金剥離等の損傷を与えたことは、当事者間に争いがない。
二、被控訴人林の請求について、同被控訴人は、控訴会社が自賠法第三条にいわゆる「自己のために自動車を運行の用に供する者」として同条の責任を免かれないと主張するので、この点について考察する。
(一) ≪証拠省略≫をあわせ考えると、次の事実を認めることができる。
1、寺田徳太郎は、昭和八年頃から、個人で鍛造業を営んできたが、昭和二三年八月、控訴会社が設立されたとき、その代表社員となり、以後、右会社の事業として引き続き前記事業を営んできた。ところで、寺田は、従前控訴会社がみずから行っていた鋼材切断業務を控訴会社の事業から分離し、これを寺田個人の事業として独立に行うこととし、昭和三四年中、その工場敷地に充てるため、控訴会社の所在地から約五〇〇メートル離れている東京都大田区北糀谷町一六六番地に、四〇坪の土地を賃借し、東京都知事に対し工場設置の認可を申請して、その認可を得、昭和三五年二月頃から、丸角シャーリングの名称で鋼材切断の事業を始めた。そして、寺田は、控訴会社の従業員(昭和三五年四月当時控訴会社の従業員は一七名であった。)とは別に、丸角シャーリングの事業のため、工員三名、運転手一名を雇い入れ、これらの者に対しては、寺田個人から賃金を支払っていた。また、寺田は、鋼材切断の受注、代金の領収等をすべて丸角シャーリングの名で行い、事業税も、控訴会社の鍛造業に対するそれとは別個に、寺田に賦課され、同人がこれを納付していた。
2、しかし、控訴会社の実体はいわゆる個人会社であり、控訴会社の業務も丸角シャーリングの業務も、ともに寺田が統括主宰しているものであって、寺田は、控訴会社および丸角シャーリングの事業の繁閑に応じ、一方の従業員をして他方の事務を援助させていたが、この場合に、手伝いの従業員と控訴会社あるいは丸角シャーリングこと寺田とがあらためて、臨時の雇傭契約を締結するというようなことはなかった。さらに、寺田は、(イ)控訴会社所有の本件加害車を丸角シャーリングの材料や製品の運搬のためにも使用し(丸角シャーリング専用の自動車がなかった)、(ロ)右運搬は控訴会社の運転手をしてこれに当らせ、(ハ)丸角シャーリングで運転手を雇い入れた後も、同運転手に、丸角シャーリングの材料、製品を運搬するために本件加害車を使用させ、(ニ)また、同運転手をして控訴会社の材料、製品の運搬にも当らせていたが、これらの場合に、控訴会社と丸角シャーリングこと寺田との間で自動車の賃貸借契約を締結したり((イ)(ロ)の場合)、丸角シャーリングあるいは控訴会社が当該運転手と臨時的な雇傭契約を締結したり((ロ)(ハ)の場合)するようなこともなかった。
3、控訴会社には、本件加害車を収納する適当な場所がなかったので、丸角シャーリングの工場敷地に収納し(本件加害車が丸角シャーリングの工場敷地に収納されていたことは当事者間に争いがない。)、自動車の鍵は、原則として、控訴会社代表社員寺田の手で、丸角シャーリングの工場に併置された事務所にある寺田の机の抽出に入れて保管することとしていた。しかし、右抽出は錠がかからないため、だれでも本件加害車の鍵を取り出して、本件加害車を運転できる状態にあった。
4、鈴木栄三は、丸角シャーリングの鋼材切断の雑役工として、寺田個人から雇われていた者であるが、鈴木は、運転免許こそもっていないが、自動車運転の心得があったので丸角シャーリングの運転手が病気のため欠勤したときは、これに代って、本件加害車の出し入れの仕事をも兼務していた。本件事故当日の午後は、降雨のため作業中止となったので、鈴木は、同僚と飲酒したうえ、前記運転手の見舞いにいくため、前記寺田の机から、勝手に、本件加害車の鍵を取り出し、本件加害車を引き出して運転中に酩酊のあまり、本件事故を惹起したものである(鈴木が運転免許をもっていなかったこと、同人が飲酒のうえ無断で、本件加害車を運転中に本件事故を惹起したことは当事者間に争いがない。)。
このように認められる。≪証拠判断省略≫
(二) 以上の認定事実によると、控訴会社の事業と丸角シャーリングの事業とは、その経営の法的主体を異にし、したがって従業員の雇傭、製品加工の受注等の取引活動も、それぞれ、別個に行っていることが明らかである。しかし、控訴会社は、もともと、寺田の個人営業に合名会社の型態をまとわせたにすぎないものであり、しかも、控訴会社の事業も丸角シャーリングの事業も、寺田一人によって統括主宰され、同人の指示のみによって、相互に人的物的設備を融通し合っていたという前認定事実によると、控訴会社の事業と丸角シャーリングの事業とは、究極的には寺田個人に帰属すべき営業利益をあげることを共通の目的とし、その目的の実現のため一体不可分的に結合しているものであることが窺われるのであり(≪証拠省略≫によると、木村猛司は、丸角シャーリングの事業発足前に控訴会社に雇われた者であるが、その後、丸角シャーリングで仕事をするようになったのに、自分の勤務場所が変ったという観念はあっても、雇主が変ったという観念はなかったことが認められる。このことは、控訴会社と丸角シャーリングとが事業上、不可分一体の関係にあることが一従業員の意識に投影されたものとして、看過することができない事実である。)、しかも、上記事実に、(イ)丸角シャーリングの事業は、従前控訴会社における業務の一つであった鋼材切断を、寺田の個人事業として分離独立させることによって始まったという経緯、(ロ)丸角シャーリングの行う鋼材切断は控訴会社の行う鍛造の前工程の関係に立つこと、(ハ)丸角シャーリングの経営規模は控訴会社のそれに比較して小さいこと(これは前認定の従業員の数を比較しても明らかである。)等の事実をあわせ考えると、丸角シャーリングの事業は、実質上、控訴会社の事業の一部門をなすのであって、寺田が丸角シャーリングの名で雇い入れた鈴木のような従業員は、控訴会社の被用者と同視せらるべき立場にあったものと認めるのが相当である。
(三) ところで、鈴木が、控訴会社に無断で、私用を弁ずるために、本件加害車を運転したものであることは前認定のとおりである。このような場合にも、なお、控訴会社が自己のために本件被害車を運行の用に供したということができるかどうかを検討する。
いわゆる危険責任と報償責任の理念に立脚して民法の不法行為責任の要件を著るしく緩和し、自動車事故の被害者の保護を図ろうとする自賠法第三条の法意に鑑みると、同条にいわゆる「自己のために」とは、同条所定の責任主体が自動車の運行を支配し、かつ、自動車の運行による利益を享受すべき地位にあることを要し、かつ、それをもって足りると解すべきである。したがって、事故を起した自動車の運行が具体的には自動車所有者の被用者の無断運転によるものであっても、当該運行行為の外形に則し客観的に観察して、所有者が当該運行を支配し、かつ、その利益を享受すべき関係にあると認められる限り、所有者は、「自己のために」自動車を運行の用に供する者として、同条所定の損害賠償責任を免かれないといわなければならない。そして、所有者の自動車保管の施設、機構および日常の保管の実情と被用者の無断運転行為とを相関的にとらえて、所有者が被用者の右行為を遮断ないし予防する措置をとることができたにかかわらず、被用者をして無断で自動車を運転することを容易ならしめるような状態においたものとみることができる以上――被用者の自動車運行の目的ないし動機にかかわりなく――所有者は、外形上、自動車の運行を支配し、右運行による利益を享受すべき地位にあるものとみるべきである。本件において鈴木は控訴会社の被用者と実質上同視すべき立場にあった者であり、しかも、控訴会社が丸角シャーリングの工場敷地に収納していた本件加害車の鍵の使用規制を適切に行ったならば、鈴木が無断で本件加害車を運転することを遮断ないし予防することができたのに、控訴会社は本件加害車の鍵をだれでも取り出せるような状態のまま放置していたのであるから、鈴木による本件加害車の運行は、その外形上、控訴会社がそれを支配し、その利益を享受すべき地位にあったものということができる。したがって、控訴会社は、自賠法第三条により、本件加害車の運行により被控訴人林チヨが身体を害されて蒙った前記損害を賠償すべき義務があるものとしなければならない。
(四) 進んで同被控訴人の損害の数額について審究するに、当裁判所も原判決がその理由の部四、(一)(原判決一三枚目裏九行目から一五枚目裏九行目まで)説示した理由により同被控訴人の請求を認容すべきものと考えるから、右記載を引用する。
したがって、控訴会社は、自賠法第三条にもとづき、被控訴人林チヨに右認定の三一万二四七七円の損害を賠償すべき義務を負うのであり、結局、控訴会社は被控訴人林チヨに対し、右金員と、これに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三五年一〇月二七日(その日が本件訴状送達の日の翌日であることは記録上明らかである。)から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものといわなければならない。
三、次に、被控訴人柏の請求について。
(一) 鈴木の本件加害車の運転が控訴会社の事業の執行に付きなされたものであるかどうかを判断する。
民法第七一五条にいう、被用者が使用者の「事業ノ執行ニ付キ」した行為とは、被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為の外形上、被用者の職務の範囲内に属するものと認められる行為をも包含するのであり、たとい被用者が無断で使用者の自動車を運転した場合でも、外形的、客観的にみて、被用者の職務の範囲内に属するものと認められるときは、使用者は、被用者の自動車運転によって生じた事故について、同条所定の損害賠償責任を負わなければならないのである。そして、自動車の運転行為が被用者の分掌する職務と相当の関連性を有し、かつ、被用者が職務外で無断で自動車を運転することが客観的にみて容易であるような状態に置かれていた以上――被用者の自動車運転の目的ないし動機にかかわりなく――右自動車運転行為は、外形上、職務行為の範囲内に属するものと解すべきである。本件において前記認定事実によると、鈴木の本件加害車の運転は、たとい同人が私用を果す目的に出たものであるとはいえ、外形的には、鈴木の職務の範囲内に属する行為とみるべきである。してみれば、鈴木は控訴会社の事業の執行に付き本件加害車を運転したものというべきである。
そして、およそ自動車を運転する者は交通整理の行われていない交差点を通過する際には、よく前方を注視し、交差する道路からすでに交差点に入って進行している他の自動車があるときは、その通過を待ち、安全を確認した後に進行すべき注意義務があるにかかわらず、鈴木が当時無免許のうえ、酒気を帯びていて右注意を怠り、本件被害車を認識しないで、時速四〇キロメートルの速度のまま前記交差点を通過しようとしたために本件事故を惹起したことは当事者間に争いがないから、本件事故は鈴木の過失に基因するものといわなければならない。したがって、控訴会社は鈴木の本件事故により使用者としての責任を免かれないのである。
(二) 被控訴人柏佐太一の損害について。
≪証拠省略≫をあわせ考えると、本件被害車は日下部電機の所有であり(この点は当事者間に争いがない。)、被控訴人柏が取締役をしている柏電気(代表取締役は被控訴人柏の弟柏慶太朗)が日下部電機から無償で借り受け、被控訴人柏が運転中に本件事故に遭い、前記のような損傷を受けたので、柏電気は、修理業者に対し本件被害車の損傷の修理を依頼し、昭和三五年六月頃デフアッセンブリ、ホイル外一〇ヵ所の損壊の修理費として七五、〇八五円、昭和三五年六月二三日頃鍍金剥離の修理費として一四、〇〇〇円、昭和三五年八月一〇日塗装剥離の修理費として五、〇〇円、合計九四、五八五円を支払い、修理完了のうえ、これを日下部電機に返還したこと、被控訴人柏は柏電気に対し、昭和三五年秋頃から昭和三六年春頃までの間に、月賦支払の方法で、柏電気が支払った右修理費相当額の金員を支払ったことを認めることができる。
およそ、使用借主は使用貸借の目的物を秩序に従い保管する業務があるけれども、これを契約の趣旨に従って使用している限り、その目的物が損傷を受けても、これが借主の責に帰すべき事由によらないときは、借主は損傷による損害を貸主に賠償する義務はないし保管義務違反の責を負うべき限りではないものと解すべきところ、本件事故につき被控訴人柏に過失があったことの主張立証がない本件においては、柏電気が使用貸主の日下部電機に対し、みずから前記修繕費を負担して本件被害車を修繕すべき義務はないといわねばならない。また、被控訴人柏が柏電気に対し、柏電気の支出した前記修繕費を填補しなければならないとする法律上の根拠は存しない。してみると、柏電気が支払った本件被害車の修繕費に相当する金額を被控訴人柏において柏電気に支払ったことをもって同被控訴人が本件事故によって損害を蒙ったとすることはできない。
したがって、控訴会社は被控訴人柏に対し、民法第七一五条にもとづく損害賠償義務を負うものではないとしなければならない。
四、被控訴人柏は、仮定的に控訴会社に対する事務管理費用償還請求権にもとづき前記修繕費相当額の金員の支払を請求するので、この点について判断する。
(一) 柏電気が前記修繕費九四、五八五円を支払って本件被害車を修繕する義務を日下部電機に対して負うものでないことはさきに説明したとおりであり、また、柏電気がみずから修繕費を負担して控訴会社のために本件被害車を修繕すべき義務を負担すべき筋合でないことはいうまでもない。しかるに、本件被害車が修繕されて原状に回復された以上(他に特段の事情がない以上、本件被害車は前記修繕によって原状に回復されたと認めるのが相当である。)、本件被害車の所有者である日下部電機のもとに発生したと認められる自動車損傷による修繕費相当額の損害は補填され、その結果として、控訴会社は日下部電機に対して負担した右損害の賠償義務(右義務は、先に判断したとおり、控訴会社の被用者と目すべき鈴木栄三が控訴会社の事業の執行につき日下部電機所有の本件被害車に損傷を与えたという事実に基づくものである。)を免かれたのであるから、柏電気がみずから費用を負担して本件被害車を修繕した行為は、義務なくして、控訴会社のために事務を処理したものであるとすべきであり、柏電気は、前記修繕費を支払った前認定の日時に、控訴会社に対し、民法第七〇二条にいう有益なる費用として、前記修繕費合計九四、五八五円の償還を請求する権利を取得したものとしなければならない。
(二) 控訴人は右有益費用償還請求権は、柏電気が権利取得の日から三年間これを行使しなかったから、時効によって消滅したと主張する。
右有益費用償還請求権のように期限の定めのない債権はその発生の時から時効が進行するものであるが、時効期間は、一般の債権と同じく、一〇年の消滅時効にかかるものと解するのが相当である。本件の場合、柏電気の事務管理により免責の効果を生じた控訴会社の日下部電機に対する不法行為の損害賠償債務が三年の短期消滅時効にかかるからといって、事務管理という別個の法律上の原因にもとづいて発生した有益費用償還請求権が、同様に、三年の消滅時効にかかるとみなければならない合理的理由はない。したがって、控訴人の時効の抗弁は採用することができない。
(三) ところで、被控訴人柏佐太一が柏電気に対し、柏電気が支払った修繕費九四、五八五円に相当する額の金員を支払ったことは前記認定のとおりである。右金員の支払は、本来、控訴会社がこれをすべき債務を負っていたのであって、被控訴人柏自身は、これをすべき債務を負っていたものでなく、また、右金員の支払について正当の利益を有していたわけでもない。このことと本件弁論の全趣旨とをあわせ考えると、被控訴人柏が右金員を支払ったのは、第三者の立場において、控訴会社のために控訴会社の前記有益費用償還義務を弁済する趣旨でしたものであると認めることができる(右認定を妨げる証拠はない。)。ところで、被控訴人柏の右弁済により控訴会社が柏電気に対する関係において前記有益費用償還義務を免かれたことおよび被控訴人柏が控訴会社のために右弁済をすべき義務を負っていたものでないことは明らかであるから、結局、被控訴人柏は、義務なくして、控訴会社のために事務を処理したものであって、被控訴人柏が支払った前記九四、五八五円は事務管理の有益なる費用に当るものであるから、被控訴人柏は控訴会社に対し、有益費用償還請求権にもとづいて、右金員の償還を請求することができるとすべきである。
(四) 控訴人の消滅時効の抗弁が右請求権に対しても向けられたものであるとしても、前記(二)で述べたと同様の理由により、右抗弁を採用することはできない。したがって、被控訴人柏が控訴会社に対し、前記有益費用の内金九〇、〇〇〇円の支払を求めるのは理由があるといわなければならない。
(五) よって、付帯の損害金請求について判断するに、被控訴人柏が前記弁済により前記有益費用償還請求権を取得した時から、次に述べる昭和四二年一〇月一一日までの間に、控訴会社に対し、前記有益費用の償還を催告したことを認めることができる証拠はないが、被控訴人柏訴訟代理人岩本宝が、控訴代理人大崎孝正の出頭した昭和四二年一〇月一一日の当審第二二回口頭弁論期日において、予備的請求原因として、有益費用償還請求権の取得を主張し、その履行を請求したことは記録上明らかである。してみると、控訴会社は被控訴人柏に対し、前記有益費用九〇、〇〇〇円に対する右請求の日の翌日である昭和四二年一〇月一二日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるが、その余の請求は失当といわなければならない。
五、以上説明したとおり、控訴会社に対し、自賠法第三条にもとづく損害賠償として三一二、四七七円およびこれに対する昭和三五年一〇月二七日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人林の本訴請求は正当として認容すべく、これと同趣旨に出た原判決は相当であって、控訴人の被控訴人林に対する本件控訴は理由がない。
被控訴人柏の控訴会社に対する請求中事務管理の有益費用償還請求権にもとづき九〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年一〇月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、右九〇、〇〇〇円に対する昭和三六年三月一日から昭和四二年一〇月一一日までの間の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由がないから、これを棄却すべきである。
よって、これとその趣旨を異にする原判決を変更し、民事訴訟法第三八四条、第三八六条、第九五条、第八九条、第九六条、第九二条、第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡部行男 裁判官 川添利起 蕪山巌)